習い事の習い方
習い事の習い方を考えたことってありますか?
上手に習うと、上達も早くなります。
早速、答えを行ってしまいますが、上手な習い方というのは!
「先生に尊敬と感謝の気持ちを持つ!」
この内容は数字化できるものではないので、私の体験を通した主観になりますが、よろしければお付き合いください。
習い事の数って世の中どれだけの種類があるのでしょうね。
同じジャンルの先生でもどれだけいらっしゃることか。楽器、踊り、スポーツ、ゲーム、お料理、片付け。
人気の先生の「何が人気なのか?」と言うのは今のsnsの時代、実際受けてみない事にはわかりにくいものです。
お月謝払って、場所が用意されていて、譜面も出てきて、行けば教えてもらえる。
それが私の権利!教えてもらえるのは当たり前です!そう当たり前なんです!
当たり前なんですけどね・・・・
気持ちの持ち方が、大きな変化を生むんです。
「尊敬」「感謝」の気持ちを持てると、吸収力が俄然上がります。数字化できるものではないので科学的な証明はできません。
35年ほど前に、小筆のお習字を習ったことがあります。
その時、紹介してくださった方が私にこんな事を教えてくれました。
「あなたがお若いので、お伝えしておきますね。先生へのお月謝は新札を準備してください。お財布からお金を出すのではなく、事前に用意してきてください。お月謝は先生への感謝の印ですから。あなたの習う文字は、こうした気持ちを伝える術でもありますから、必ず一筆箋などに感謝の一言を添えてね。」
今思い返しても有り難かった教えです。
武道などは、礼儀作法、型というものをとても大切にしますね。
礼儀は形から入って心に沁みる という表現もあります。子供なんてやらされているばかりです。後々になってその意味がわかってくるのではないでしょうか。
先生に言われたことをやらされる気持ち
先生の教えてくれてことが有難い気持ち
どちらの気持ちでいるのが、やる気になるでしょうか。
とはいえど、まだ習い始め手間もない時間、信頼関係は気づき切れていないですよね。
習うという行為に、感謝という気持ちを置いてみる。
新札を準備する手間 一言を添える手間 そんな手間の時間が、感謝を伝える方法として生きます。
若かった私は、こんな時間を通して、先生への感謝という気持ちを育てた記憶があります。
とはいえど・・伝わらない先生もいましたけどね(笑
封筒から出して、小さく折り畳んでポケットに入れられてしまった!なんて経験もあります。
あんぐりとしてしまいましたが。まあ、こういうこともあるんだなと思いました。
実際、教える側も何かをして欲しいなんてこれっぽちも望んでいません。
「習う・教える」と言うことは、お金の価値に換算しずらいジャンルです。
ある意味、「教える」と言うことはお伝えする側の人生を凝縮して、その時間に投入しているものでもありますから。
教わるのが当たり前 という気持ちを少し解いて
教えてもらえて有り難い!という感謝でそこに身を置くと、習うことがスイスイ体に入ってきます。
そして、「感謝や尊敬」の思いを持てない先生からは、自分に入ってくるものがとても少ないと思っています。
高い技術がある、人気がある、経歴が素晴らしい先生だとしても、尊敬の思いが育たないのなら先生は変えたほうがお互いのためです。
自分の子供の頃を思い出してみると、そんな経験ありますよね。
好きな先生→授業が面白くなる→成績が上がる
何をしてもらったから感謝するというのではなく、習うという行為に対してまず「感謝」という気持ちを置いてみる。それが尊敬の思いに育っていく先生と生徒の関係性が「習う」なのだと思います。
上達の早い賢い生徒の秘訣
ズバリ「素直さ」です。
素直だと本当に上達が早いです。
素直とは?どう言うことかというと、先生の教えてくださることをそのまま体にいれること。
疑問を持たず、まず、やってみる。ある程度飲み込めるまでやってみる。
疑問や、不一致感はその後に扱う。疑問や質問を持つことはとても素晴らしいことです。これは大いに先生に聞いていいと思います。
先生のインストラクション通り、そのと〜〜りに、内容をそのまま体に受け取ってみてください。
指が短いとか手が小さいとか、音楽のセンスがないとか、不器用だとか。そういうものは一旦横に置いて。
いい大人になってくると、経験値が上達の邪魔をします。
自分の経験してきたことに、当てはめようとするんですね。この動きは、あの時のあれに似てる!みたいな。
似たような経験を脳がリサーチし始める。それが吉となることももちろんあります。
かなりこれ邪魔です。なぜなら全く同じ楽器ではないからです。
ですが、全く初めてのことにチャレンジするときは、そのリサーチは邪魔でしかない。
ピアニスト、バイオリニスト、ギターリスト、音楽未経験者
初めて二胡を触ってもらったときに、一番上手に弾けたかたは、音楽未経験者でした。
体をまっさらな白にして、新しいことで染めていく。
後に、持っている自分の色と混ざり合って自然に自分色になって行きます。
初めて習うことには、頭をあまり使わないほうがいい。
どう体を使うかということにフォーカスする。そしてゆっくり動いてみる。
脳と体の情報は相互に行き来しています。頭からの指令が体を動かしますが、体からの刺激が脳を活性化させることもわかっています。
とにかく動きをモノマネする。
相手の着ぐるみにでも入るような気持ちで、動きを真似する。
これを行動のモデリングと言います。上手な人の動きをできるだけ正確にモデリングしていく。
体が動くようになってくると、頭の中でデータが整理されていきます。
頭を先に動かすと、それが体の動きにダメ出しをしを始める。そうすると体と頭が乖離して行きます。頭で考えたように体は動かない。どんな動きをしてるのだろう?という観察には頭を使います。ですが、その動きを体・筋肉に記憶させるというのは反復という手続きが必要です。記憶の分野では手続記憶と呼ばれるものです。
手続き記憶は、覚えてしまえば潜在意識に入ってしまいますから、無意識に動かせるようになる。こうなったらもう自分の一部です。大人は反復という作業が苦手かもしれませんが、この反復はやり続ける限り、実る時が必ず来ますので、楽しみにしていてください。
どんなに物真似をしようとも、自分の色(エゴ)は引っ込みません。自分らしさは表に必ず出てきてしまうものです。
モデリングは、上達の一番の近道です。
たかが習い事 されど習い事
習い事などは、しなくても生きていけるわけですが、ただ生きているだけ・・というのもね。
下手でも楽しければいい!というのも有りですが、どうせやるなら少しでも上達したいと思うのが真理です。
こんな心の動きを楽しめるのも、習い事の良さではないかと思います。
月1回でも2回でもレッスンを重ねるって時間の積み上げの賜物です。
それに日々の練習が積み上がったら、天を見上げるほどの積み上げになる。
何もやらないと永遠の0。
0とは差しか広がりません。後ろから見る進む背中ってどんどん小さくなっていく。
止まっている人から見れば、たとえ「歩く」でもその姿はやがて見えなくなって行きます。
積み上がる月日を急がず取り組めるようになるのも、大人の習い事のよさ。
そんなに先にたっぷり時間があるように思えないのも大人の習い事。
身体の制限を感じるのも大人の習い事。
思い通りにならない体をいかに乗りこなしていくのか、こんなことを考えていると人生の後半戦に入った感じがありますが、私には、自分の人生を生きている!という気がとてもします。
たかが習い事。されど習い事。
習うという事に面白みを感じる。ご飯を食べるより楽しくなるものに出会ってしまったとしたら、どうなるか想像してみてください。
ハイ!妄想タイム!
自ら選んで、習い事に興じている時間は、人生のご褒美のような時間でもあるように思います。
その習い事が二胡であるなら、私はもっと嬉しい!
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二胡Life Producer 麓郁代 Official HP https://www.niko-life-producer.com
二胡奏者 麓郁代のYouTubeチャンネル https://youtube.com/channel/UCKatqVulCWKYrThMi-xiEQA
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